英雄などとも呼ばれた [文化・弥生時代・歴史]

弥生時代は、前代(縄文時代)とはうってかわって、集落・地域間の戦争が頻発した時代であったとされる。

集落の周りに濠をめぐらせた環濠集落や、低地から100m以上の比高差を持つような山頂部に集落を構える高地性集落などは、集落間の争いがあったことの証拠とされ、また、武器の傷をうけたような痕跡のある人骨(受傷人骨)の存在なども、戦乱の裏づけとして理解されてきた。

しかし、近年ではこうした一面的な理解に対する反論も多く、未だ定説となるに至っていない。

弥生時代前期の墓には、人骨の胸から腰にかけての位置から十五本の石鏃が出土した例がある。

このように、多くの石鏃が胸部付近に集中して見つかる墓の事例は、瀬戸内海を中心とする西日本一帯に比較的多く見られる。

以前には、こうした例は、戦闘の際に矢を何本も射込まれて、やっと倒れた人物と解釈されることが多く、「英雄」などとも呼ばれた。
update:2009年08月24日